学びと食、ときどきランニング

ウイスキーマエストロによるIdeas worth spreading

村上春樹とウィスキーvol.5「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

村上春樹の小説に登場するウィスキーを紹介する。

 

第五弾は「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

2013年に発刊された書き下ろし中編小説

 

主人公の多崎(たざき)つくるは三十六歳で二歳年上の彼女・木元沙羅とバーで話している。

高校の時に仲が良かった男女5人のグループについて。男が三人、女が二人。

つくる以外は名前に色が含まれていた。

二人の男子の苗字は赤松と青海(おうみ)、二人の女子の姓は白根(しらね)と黒埜(くろの)だった。

それぞれ「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」とお互いを呼び合った。

つくるはだたそのまま「つくる」と呼ばれた。

 

高校を卒業し、つくるだけが地元の名古屋から離れ、東京の大学へ進学した。

彼の夢であった「駅をつくる仕事」のためだ。

 

そして大学二年生の時にある日、色彩を持つ四人の友人たちから、我々はみんなもうお前とは顔を合わせたくないし、口をききたくもないと告げられた。きっぱりと、妥協の余地もなく唐突に。

あまりにもショックだった。理由を教えられるのも怖かった。

七月から翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。

(5頁)

眠るべき時間が来ると、ウィスキーをまるで薬のように、小さなグラスに一杯だけ飲んだ。

ありがたいことにアルコールが強くなかったせいで、少量のウィスキーが彼を簡単に眠りの世界に運んでくれた。

 

バーでつくるの話を聞く沙羅。沙羅はなぜかつくるの高校時代の話を聞きたがった。

 

(19頁)

つくるは薄いハイボールを静かにすすりながら、沙羅の着ているワンピースを脱がせるところを頭の中にひそかに思い浮かべた。

これまで村上春樹の小説では「ウィスキーのソーダ割り」と表現されていたが、この頃の作品から「ハイボール」に変わっている。時代は移り行く。

 

会話は続く。

「どうしてあなたは東京に出て行く気になったの?」

 

「とても簡単な話だよ。駅舎建築の第一人者として知られている教授がその大学にいたんだ。駅の建築は特殊なもので、普通の建築物とは成り立ちが違うから、普通の工科系大学に進んで建築やら土木を学んでも、あまり実際の役には立たない。スペシャリストについて専門的に勉強する必要がある」

 

「限定された目的は人生を簡潔にする」と沙羅は言った。

 

物語は沙羅によって前へ進められる。

「どうして自分がそのグループから突然放り出されなくてはならなかったのか、その理由を知りたいとは思わなかったの?」

 

(36頁)

モヒートのグラスが空になっていた。彼女はバーテンダーに合図し、赤ワインのグラスを頼んだ。いくつかの選択肢の中から熟考の末にナパのカベルネ・ソーヴィニオンを選んだ。つくるのハイボールはまだ半分残っていた。氷が溶け、グラスのまわりには水滴がついて、紙のコースターは濡れて膨らんでいた。

お酒が弱い人はハイボールを飲むのも時間がかかる。このような状態ではまったく美味しくないので残すことになりそうだ。

 

「真相を知りたいとは思わなかったの?」

 

沙羅との食事は終わり、大学二年生の頃の回想に戻る。

ぎりぎり死ぬことから逃れ、灰田という二歳年下の友人と過ごす。

灰田の父親は若い頃に緑川というピアニストから不思議な話を聞かされる。

「その色を目にできる能力というのは、生まれつき具わっているものなのですか?」と灰田青年は半信半疑で尋ねた。

 

緑川は首を振った。「いや、生まれつきのものじゃなく、あくまで一時的な資格だ。それは差し迫った死を引き受けることと引き替えに与えられる。そして人から人へと引き継がれていく。その資格は今では俺に託されている」

物語のキーポイントとなる部分だろう。

つくるも差し迫った死を引き受けた。そして色を持つ友人がいた。

 

これがきっかけとなり、つくるは不思議な体験をする。灰田とクロとシロが登場する。

 

沙羅が四人のことを調べてきた。

そして四人を巡る旅に出ることになった。

 

アカとアオは名古屋にいた。

二人の話を聞き、なぜ友人関係を解消されたのかが分かってきた。

 

クロはフィンランドに移住していた。

「できるだけ早くフィンランドに行ってクロさんに会いなさい。そして正直に胸を開いて話をしなさい。彼女はきっと何か大事なことをあなたに教えてくれるはずよ。とても大事なことを。私にはそういう予感がある」

沙羅は言った。

 

つくるは駅からマンションまで一人で帰った。

(229頁)

棚からカティーサークの瓶を取り出し、小さなグラスに注いだ。

そして本のページを開いた。

村上春樹の小説にはカティサークが良く出る。緑色のボトルで黄色いラベルで帆船が描かれている。爽やかな味わい。

 

フィンランドに着く。

タクシー運転手のセリフが素敵だった。

フィンランドまで鉄道駅をつくりに来たのかね?」

「いや、休暇をとって友だちに会いに来たんだ」

「それはいい」と運転手は言った。「休暇と友だちは、人生においてもっとも素晴らしい二つのものだ」

まさにそうだ。村上春樹の小説では名もない脇役がとても良いことを言う。

 

クロ(いまはエリ)と会う。シロ(いまはユズ)の話を聞く。

ようやくすべて受け入れることができた。

「ねえ、つくる、あの子は本当にいろんなところに生き続けているのよ」

 

「私にはそれが感じられる。私たちのまわりのありとあらゆる響きの中に、光の中に、形の中に、そしてありとあらゆる・・・・・」

 

つくるはずっと色彩を持たないことに劣等感を抱いて生きてきた。

「たとえ君が空っぽの容器だったとしても、それでいいじゃない」とエリは言った。

「もしそうだとしても、君はとても素敵な、心を惹かれる容器だよ。自分自身が何であるかなんて、そんなこと本当には誰にもわかりはしない。そう思わない?それなら君は、どこまでも美しいかたちの入れ物になればいいんだ。誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感の持てる容器に」

このセリフがとても好きだ。勇気づけられる。人生で自信を無くしたときに思い出そう。

 

帰国して沙羅に電話越しで報告する。彼女に会いたい。

「君のことが本当に好きだし、心から君をほしいと思っている」

 

三日後に会うことを約束し、四人のことを思う。

(366頁)

つくるはカティサークのグラスを傾け、スコッチ・ウィスキーの香りを味わった。胃の奥がほんのりと熱くなった。

大学二年生の夏から冬にかけて、死ぬことばかり考えていた日々、毎晩こうして小さなグラスに一杯、ウィスキーを飲んだものだ。そうしないことにはうまく眠れなかった。

お酒の強くないつくるがウィスキーを飲んで、死を引き受けながら、生を待つ。

 

「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」、それがつくるがフィンランドの湖の畔で、エリに別れ際に伝えるべきことーーーでもそのときには言葉にできなかったことだった。

「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」

 

 

 

この小説はウィスキーを飲みながら読むとすごく染みる。

村上春樹とウィスキーvol.4「羊をめぐる冒険」

村上春樹の小説に登場するウィスキーを紹介する。

 

第四弾は「羊をめぐる冒険

初期三部作の三作目

 

僕と<鼠>と羊にまつわる物語。

 

最初にウィスキーの記述が登場するのは「十六歩歩くことについて」という節だった。

(上巻・25頁)

アパートの廊下をドアに向かって十六歩歩いた。

目を閉じたまま正確に十六歩、それ以上でもそれ以下でもない。

ウィスキーのおかげで頭はすりきれたネジみたいにぼんやりとして、口の中は煙草のタールの匂いでいっぱいだった。

 

ウィスキーの霧の中をまっすぐ十六歩歩く。

 

二十歳の頃に関係をもった女の子の葬式に行き、妻と別れ、新しいガールフレンドを作った。耳が美しい女の子。

彼女と最初の出会いでバーの話になる。

「バーではいつもどんなものを食べるの?」

「いろいろだけれど、まあオムレツとサンドウィッチが多いね」

(中略)

「良いバーはうまいオムレツとサンドウィッチを出すものなんだ」

これには激しく同意する。

 

彼女に生い立ちを聞かれ、回答の中でウィスキーが登場する。

(上巻・62頁)

「(中略)夏はビールを飲んで、冬はウィスキーを飲む」

「そして三日に二日はバーでオムレツとサンドウィッチを食べるのね?」

「うん」と僕は言った。

 

僕の話を聞いて彼女は「耳を開放」した。

そして「羊をめぐる冒険」が始まることを予言した。

 

僕は仕事の相棒に呼び出される。羊の話を聞くために。

相棒は優秀だがアル中の一歩手前だった。

(上巻・78頁)

僕が事務所に着いた時、彼は既にウィスキーを一杯飲んでいた。

一杯で止めている限り彼はまともだったが、飲んでいることに変りはなかった。

 

相棒からとてもやっかいな依頼を聞かされる。僕が<鼠>から受け取った羊の写真が関係していた。

 

(上巻・98頁)

相棒が部屋を出ていったあとで、僕は引出しから彼のウィスキーを見つけ出して一人で飲んだ。

 

依頼について、羊の写真について考察をはじめる。

(上巻・101頁)

僕はスカイブルーのソファーの上でウィスキーを飲み、ふわふわとしたタンポポの種子のようにエア・コンディショナーの気持ちの良い風に吹かれながら、電気時計の針を眺めていた。

心もふわふわとしてくる。考えがまとまらない。

(上巻・102頁)

僕はあきらめてウィスキーをもうひと口飲んだ。熱い感触が喉を越え、食道の壁をつたい、手際良く胃の底に下りていった。

ウィスキーをストレートで飲むとこうなる。

昔は新品だった夏の空のために、もうひと口ウィスキーを飲んだ。

悪くないスコッチ・ウィスキーだった。

そして空の方も見慣れてしまえばそれほど悪くなかった。

 

二杯目のウィスキーを飲み終えた時、僕は「いったい何故僕はここにいるんだろう?」という疑問に襲われた。

ウィスキーを飲んでいるとありがちな心の動きである。現実と虚構の境目が分からなくなってくる。そのときは気持ちがいいのだけれど、酔いがさめて後悔する。

 

僕はソファーから起きあがり、相棒の机の上にあったグラビア・ページのコピーを手に取り、ソファーの上に戻った。そしてウィスキーの味の残った氷をながめながら写真を二十秒ばかりじっと眺め、その写真が何を意味するのかを我慢強く考えてみた。

 

羊の数が三十二頭から三十三頭になった。

 

(上巻・104頁)

僕はソファーに横になったまま、再び羊の数に挑戦してみた。そしてそのまま昼下がりの二杯のウィスキー風の深い眠りに落ちた。

眠り込む前に、僕は一瞬新しいガール・フレンドの耳のことを考えた。

昼下がりにウィスキーを飲んで眠るというのはとても素敵な行為のように感じる。

いつか僕もガール・フレンドの耳のことを考えながら実行してみたい。

 

次にウィスキーが登場するのは「鼠からの手紙とその後日譚」で鼠からの頼みごとを果たすため、鼠の元彼女と会って話すときだった。

ホテルのラウンジがカクテル・アワーに入った。

(上巻・160頁)

「お酒でも飲みませんか?」

ウォッカをグレープ・フルーツで割ったのはなんだったかしら」

ソルティー・ドッグ」

僕はウェイターを呼んでソルティー・ドッグとカティー・サークオン・ザ・ロックを注文した。

鼠のことについて彼女は語る。

(下巻・162頁)

二十秒ばかりの沈黙のあとで、僕は彼女の話がもう終わっていることに気づいた。

僕はウィスキーの最後の一口を飲んでから、ポケットの中の鼠の手紙を取り出し、テーブルのまん中に置いた。

彼女はバッグに手紙をバッグにしまう。

僕は二本目の煙草に火を点け、二杯めのウィスキーを注文した。

二杯めのウィスキーというのは僕はいちばん好きだ。

一杯めのウィスキーでほっとした気分になり、

二杯めのウィスキーで頭がまともになる。

三杯めから先は味なんてしない。

ただ胃の中に流し込んでいるというだけのことだ。

うんうん。

 

それから「羊をめぐる冒険Ⅱ」がはじまる。

 

耳のきれいな彼女と北海道に行くことになる。

(下巻へつづく)

 

下巻は物語のクライマックスでウィスキーが登場する。

<鼠>が過ごしていた別荘にたどり着く。

耳のきれいな女の子は去る。

 

(下巻・140頁)

約束の一カ月はちょうど半分が過ぎ去ろうとしていた。

十月の第二週、都会がいちばん都会らしく見える季節だ。

何もなければおそらく僕は今ごろどこかのバーでオムレツでも食べながらウィスキーを飲んでいるに違いない。

良い季節の良い時刻、そして雨あがりの夕闇、かりっとしたかき割り氷とがっしりした一枚板のカウンター、穏やかな川のようにゆったりと流れる時間。

なんて素敵な時間の過ごし方だろう。僕もとびきり美味いオムレツを食べながらウィスキーを飲みたくなってきた。

 

 

やがて羊男がやってくる。

(下巻・148頁)

「酒が欲しいな」と羊男が言った。

僕は台所に行って半分ばかり残ったフォア・ローゼズの瓶をみつけ、グラスを二個と氷を持ってきた。

我々はそれぞれのオン・ザ・ロックを作り、乾杯もせずに飲んだ。

 

(下巻・150頁)

羊男は半分溶けた氷の上にとくとくとウィスキーを注ぎ、かきまわさずに一口飲んだ。

 

(下巻・152頁)

羊男は立ちあがって右の手のひらでテーブルをばんと叩いた。

ウィスキー・グラスが五センチばかり横にすべった。

僕はソファーに沈みこんだままウィスキーをなめた。

 

羊男とのやりとりはウィスキーによって演出された。

そして羊男は消えた。

(下巻・157頁)

しかしテーブルにはウィスキーの瓶とセブンスターの吸殻が残っていたし、向いのソファーには羊の毛が何本か付着していた。

 

(下巻・159頁)

それから三日が無為のうちに過ぎた。

何ひとつ起こらなかった。

羊男も姿を見せなかった。

僕は食事を作り、それを食べ、日が暮れるとウィスキーを飲んで眠った。

 

(下巻・162頁)

煙草はなかった。

そのかわりに僕は氷なしでウィスキーを飲んだ。

もしこんな風に一冬を過すとしたら、僕はアルコール中毒になってしまうかもしれない。もっとも家の中にはアルコール中毒になれるほどの量の酒はなかった。

ウィスキーが三本とブランデーが一本、それに缶ビールが十二ケース、それだけだ。たぶん鼠も僕と同じことを考えていたのだろう。

 

再び羊男の短い来訪

一人で過ごす時間

あることに気づく

(下巻・177頁)

僕は台所に行ってウィスキーの瓶とグラスを持って来て、五センチぶん飲んだ。ウィスキーを飲む以外は何も思いつけなかった。

 

鼠との邂逅と別れ

そしてエピローグ

(下巻・225頁)

僕はセーターを着て街に出て最初に目についたディスコティックに入り、ノン・ストップのソウル・ミュージックを聴きながらオン・ザ・ロックをダブルで三杯飲んだ。

それで少しまともになった。

 

異なる世界へ到達するのと戻ってくるのにウィスキーは利用されていたようだ。

精神に結びつく。

村上春樹とウィスキーvol.3「ノルウェイの森」

村上春樹の小説に登場するウィスキーを紹介する。

 

第三弾は「ノルウェイの森

 

1987年刊行、1991年文庫化。

村上春樹の長編5作目。

ベストセラーとなり映画化もされた作品。

 

21歳の頃に初めて読んだときは少し苦手意識があったけど、それから多くの生と死とSEXを経験して、再度読んでみると心のいろんなところが動かされることに気づく。

 

作品を通してウィスキーは死に近づいたときに登場している雰囲気がある。

 

直子の二十歳の誕生日を祝い、奇跡的なSEXを経て、突然の別れ、混乱する主人公・ワタナベ・トオルは肉体労働とウィスキーで気を紛らわせる。

(上巻・80頁)

僕は週に五日、運送屋で昼間働き、三日はレコード屋で夜番をやった。

そして仕事のない夜は部屋でウィスキーを飲みながら本を読んだ。

(上巻・82頁)

僕は一人で屋上に上ってウィスキーを飲み、俺はいったい何処に行こうとしているんだろうと思った。

 

そして直子から手紙が届いた。

 

 

次のウィスキー登場シーンは永沢さんと共に。

プレイボーイの永沢さん。ナンパをしてSEXをするのが得意な永沢さん。

しかしこの日は上手くいかない。

(上巻・149頁)

僕らは酔っ払わない程度にウィスキー・ソーダをちびちびすすりながら二時間近くそこにいた

誰とでも寝るという行為は自分をすり減らし、死に近づいている予感がする。

永沢さんのその後は書かれていなかったけど、幸福ではなかっただろう。

 

その後、京都の山奥で直子と会うことになり、数日を共に過ごして上巻は終わる。

 

下巻は直子のルームメイトのレイコさんの話からはじまる。

 

緑のお父さんのお見舞いに行く。キウリに海苔を巻いてポリポリと2本食べ、お父さんにも1本を食べさせてあげる。

その5日後にお父さんは亡くなる。

それ以来一週間、緑からの連絡はない。

(下巻・93頁)

僕はある夜、約束を果たすために緑のことを考えながらマスターベーションをしてみたのだったがどうもうまくいかなかった。仕方なく途中で直子に切りかえてみたのだが、直子のイメージも今回はあまり助けにならなかった。それでなんとなく馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。そしてウィスキーを飲んで、歯を磨いて寝た。

 

永沢さんは希望していた外務省の試験に受かった。

永沢さんの彼女のハツミさんと三人でちゃんとしたレストランに行って会食をしよう。就職祝いだよ。と誘われた。

やれやれ、それじゃキズキと直子のときとまったく同じじゃないか。と思いながら同席した。

話題は主に「男と女」のことだった。

(下巻・105頁)

ワインを飲んでしまうと永沢さんはもう一本注文し、自分のためにスコッチ・ウィスキーをダブルで頼んだ

直子のことが話題に出たが、僕はワインを飲んでごまかした。

(下巻・108頁)

「ほら、口が固いだろう」と三杯目のウィスキーを飲みながら永沢さんが言った。

 

ときどきすごく女の子と寝たくなる複雑な事情があるワタナベ。

ハツミさんはため息をつく。

 

メインの料理が運ばれてくる。永沢さんの前には鴨のロースト、僕とハツミさんの前には鱸の皿が置かれる。

 

(下巻・111頁)

永沢さんは鴨をナイフで切ってうまそうに食べ、ウィスキーを飲んだ。

僕はホウレン草を食べてみた。

ハツミさんは料理には手をつけなかった。

 

ハツミさんと付き合いながら誰とでも寝る永沢さんに静かに怒りをぶつけるハツミさん

「私は傷ついている」「どうして私だけじゃ足りないの?」

(下巻・113頁)

永沢さんはしばらく黙ってウィスキーのグラスを振っていた。

 

「真剣に話をするのは別の機会にした方が礼儀にかなっていると思うね」

それからしばらく我々は黙って食事をつづけた。僕は鱸をきれいに食べ、ハツミさんは半分残した。永沢さんはとっくに鴨を食べ終えて、まだウィスキーを飲みつづけていた。

ハツミさんはその後、永沢さんと別れ、数年後に自殺する。

 

 

緑と再会する。新宿のバーで飲む。

緑はトム・コリンズ、僕はウィスキー・ソーダを注文する。

(下巻・136頁)

僕はウィスキー・ソーダをひとくち飲み、緑のくわえたマルボロにマッチで火をつけてやった。

お父さんが亡くなってから過ごした緑の時間について共有し、ウィスキー・ソーダの二杯目を注文し、ピスタチオを食べた。

それからポルノ映画を観て、別のバーに移り、ウィスキーを飲み、ディスコに入って踊り、ウィスキー・コークを二杯飲んだ。

 

緑と直子

どちらも魅力的な女性だ

 

レイコさんから直子が不調だという手紙が届く。

(下巻・180頁)

僕は壁にもたれてぼんやりと天井を眺め、腹が減るとそのへんにあるものをかじり、水を飲み、哀しくなるとウィスキーを飲んで眠った。

 

直子のことが気がかりで、緑を傷つけてしまった。

緑に手紙を書こうとしたがうまく書けなかったので、直子に手紙を書いた。

(下巻・192頁)

僕はグラスに三センチくらいウィスキーを注ぎ、それをふた口で飲んでから眠った

 

緑とはまだ仲直りできていない。

 

アルバイト先のレストランでバイト仲間の美大生・伊東と仲良くなった。

一度彼のアパートに招待された。

(下巻・196頁)

我々は彼が父親のところから黙って持ってきたシーバス・リーガルを飲み、七輪でししゃもを焼いて食べ、ロベール・カサドゥシュの弾くモーツァルトのピアノ・コンチェルトを聴いた。

(下巻・197頁)

僕らは氷を入れずにストレートでシーバスを飲み、ししゃもがなくなってしまうと、キウリとセロリを細長く切って味噌をつけてかじった。

彼はモーツァルトの素晴らしさについて物静かにしゃべった。

モーツァルトのコンチェルトを聴いていると久しぶりに安らかな気持ちになることができた。

(下巻・198頁)

僕らは三日月を眺め、シーバス・リーガルを最後の一滴まで飲んだ。美味い酒だった。

 

緑と仲直りして、より好きになる。

直子とは違う愛情を感じる。

 

レイコさんと手紙のやり取りをする。

 

直子が死んでしまった。

 

放浪の旅に出る。

(下巻・223頁)

僕は歩き疲れた体を寝袋に包んで安ウィスキーをごくごく飲んで、すぐに寝てしまった。

(下巻・224頁)

流木を集めてたき火をし、魚屋で買ってきた干魚をあぶって食べた。そしてウィスキーを飲み、波の音に耳を澄ませながら直子のことを思った。

「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」

(下巻・227頁)

僕はたった一人でその夜の波音を聴き、風邪の音に耳を澄ませながら、来る日も来る日もじっとそんなことを考えていた。ウィスキーを何本も空にし、パンをかじり、水筒の水を飲み、髪を砂だらけにしながら初秋の海岸をリュックを背負って西へ西へと歩いた。

 

一カ月の旅を終え、レイコさんと会うことになった。

レイコさんはギターを弾き、直子を弔った。淋しくないお葬式。「ノルウェイの森」も弾いた。

(下巻・256頁)

ワインがなくなると、我々はウィスキーを飲んだ。

 

五十曲めにもう一度「ノルウェイの森」を弾いた。

五十曲弾いてしまうとレイコさんは手を休め、ウィスキーを飲んだ。

 

これでウィスキーの記述は終わる。

 

この後にレイコさんとSEXすることになるのだが、読者は賛否両論あるようだ。

僕はレイコさんとのSEXは必要だったと思う。それが直子の「淋しくないお葬式」の最後にふさわしい。直子とは彼女が二十歳の誕生日にしたのが最期となった。彼女の人生でただ一度きりの奇跡のようなSEXだった。それを埋め合わせるためにもレイコさんとの性交が必要だったのだろう。レイコさんもワタナベも新たな場所へ行くために。

 

 

村上春樹とウィスキーvol.2「国境の南、太陽の西」

村上春樹の小説に登場するウィスキーを紹介する。

 

第二弾は「国境の南、太陽の西

 

1992年に刊行、1995年に文庫化された中編小説。

 

なんとも言えない魅力がある作品。

 

なかなか他人には伝わらない。

 

感想は個人差があるから。

 

僕は受け取ったものがとても多い。

 

ウィスキーの記述は少ない。

 

主人公のハジメくんが高校の頃に交際していたイズミという彼女について、話題が出た時だった。

ハジメくんが経営しているバーに来店した、高校時代の同級生から聞いた。

高校三年生の受験シーズンに彼女を傷つけて損ねてしまった。そして自分自身も損ねてしまった。

イズミはいま、豊橋にいる。そしていまも損なわれていることを。


(104頁)

彼はワイルド・ターキーオン・ザ・ロックのおかわりを注文した。

僕はウォッカギムレットを飲んでいた。

 

彼はあきらめたように頷いて、運ばれてきたウィスキーを一口飲んだ

 

(107頁)

彼はウィスキーのグラスをからからと音を立てて振った

 

(108頁)

彼はまた一口ウィスキーを飲んだ

 

(109頁)

彼はウィスキーを一口飲んで、それをそっとカウンターの上に置いた

 

そのようにして同級生から聞かされたイズミの話は終わった。

 

ハジメは同級生が帰ったあとも、カウンターで一人で酒を飲んでいた。

(111頁)

真っ暗な中でウィスキーを飲んだ。氷を出すのが面倒だったので、ストレートで飲んでいた

 

その後、島本さんと再会する。

小学生の頃に一緒にレコードをすり切れるほど聴いた島本さん。

ハジメと同じ「一人っこ」で、少し脚が不自由だった島本さん。

 

島本さんとの特別な出会いと別れを経て、物語はエピローグを迎える。

 

妻の有紀子はハジメの変化に気づく。

(267頁)

僕がうまく寝つけないまま台所のテーブルに座ってウィスキーを飲んでいると、彼女もグラスを持ってきて同じものを飲んだ

話しにくいことを話すときは、ウィスキーを飲みたくなる。

 

彼女は僕を見ていた。でも僕が何も言わないことがわかると、グラスを取ってウィスキーを一口だけ飲んだ


答えはイエスかノオかどちらかしかない。

 

中間は存在しない。

国境の南は存在するかもしれないが、太陽の西はたぶん存在しない。

 

何かが損なわれたとしても、新たな何かを選択することで別の新しい一日が始まるかもしれない。

そこにウィスキーはそっと寄り添う。

 

 

村上春樹とウィスキー vol.1「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」

夏休みの自由研究として「村上春樹とウィスキー」に取り組むことにした。

 

私がウィスキーにハマるきっかけとなった旅行記もし僕らのことばがウィスキーであったなら」だけでなく、小説にも数々のウィスキーが登場する。

登場シーンを書き留めておこうと思い立った。

 

第1回は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

 

村上春樹の長編の中で私が一番好きなものだ。

1985年に刊行され、1988年には文庫版が発売された。

私が初めて読んだのは1999年である。

それ以来、何度も読み返しているし、英語の勉強のために英語版も買った。

 

内容は「ハードボイルド・ワンダーランド」と「世界の終わり」の物語が交互に展開される。

 

ウィスキーは「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界にのみ登場する。

 

ピンクのスーツを着た肉付きのよい17歳の女の子とその祖父である博士から面倒な依頼を受け、疲れて帰ってきた主人公(私)はウィスキーを飲む。

(上巻 116頁)

私は冷蔵庫から氷をとりだし、大きなグラスに大量のウィスキー・オン・ザ・ロックを作り、少しだけソーダを加えた。

そして服を脱いでベッドに潜りこみ、ベッドの背もたれにもたれてちびちびとそれを飲んだ。

疲れた時はオン・ザ・ロックがいい。ソーダを足したら濃い目のハイボールじゃないかと思うけど、そんな雑な作り方でもいいのだ。自分の気分に合わせて好きなように飲めるのがウィスキーの良いところなのだ。

ベッドの背もたれにもたれてちびちび飲むことでその日に起こった面倒な出来事をきれいさっぱり忘れることができるだろう。

 

次にウィスキーが登場するのは、博士に持たされた「一角獣の頭骨」について調べていた時だ。図書館のリファレンス係の女の子に手伝ってもらい、図書館から借りてきた「図説・哺乳類」を読んでいたが一角獣の哺乳類についての手がかりは見つからなかった。

(上巻 138頁)

私は仕方なく、冷蔵庫から氷をだしてオールド・クロウのオン・ザ・ロックを飲んだ。

もう日も暮れかけていたし、ウィスキーを飲んでもよさそうな気がした。

それから缶詰のアスパラガスを食べた。私は白いアスパラガスが大好きなのだ。アスパラガスを全部食べてしまうと、カキのくんせいを食パンにはさんで食べた。

そして二杯めのウィスキーを飲んだ。 

主人公が飲んでいるのはオールド・クロウだった。

カラスがラベルにデザインされているバーボンである。創業者のジェイムズ・クロウに由来しているらしい。

缶詰メシとバーボン・ロックは合いそうだ。今度やってみよう。

 

 

引き続き一角獣の頭骨について調べるが、なんとも行き詰っているので再び図書館のリファレンス係の女の子に頼みごとをした。今度は一角獣についてすべて調べて、関連する本を持ってきてほしいという厚かましい頼みごとだった。

主人公は彼女を待つ間に夕食を作った。

梅干しドレッシングのサラダ、鰯と油揚げと山芋のフライ、セロリと牛肉の煮物、みょうがのおひたし、いんげんのごま和え。

リファレンスの女の子はそれらを片端からたいらげていった。

(上巻 153頁)

私は大きなグラスにオールド・クロウのオン・ザ・ロックを作り、厚あげを強火でさっと焼いておろししょうがをかけ、それをさかなにウィスキーを飲んだ。

彼女は何も言わずに黙々と食べていた。

その厚あげも彼女は食べた。御飯と梅干しとみそ汁も食べた。

ビールと一緒にフランクフルト・ソーセージを両手いっぱいフライパンで炒めたものも食べた。できあいのポテト・サラダにわかめとツナをまぜたものも二本めのビールとともにペロリと食べた。

(上巻 155頁)

私はほとんど何も食べずに、オールド・クロウのオン・ザ・ロックを三杯飲んでいた。彼女の食べる姿に見とれていて、まるで食欲なんてわかなかったのだ。

 

個人的にはこのシーンが好きだった。自分が作った料理をおいしそうに食べる人を眺めながら飲むウィスキーは格別だろう。

 

 

この後、ウィスキーが登場するのはしばらくかかる。

ピンクのスーツを着た太めの娘から助けを求められ、車で迎えに行く。

待ち合わせのスーパーマーケットで様々なポスターを眺めて時間をつぶした。

酒売り場には数多くのポスターが貼られていた。

(上巻 220頁)

私にわかったことは、あらゆる酒の中ではウィスキーのオン・ザ・ロックが視覚的にいちばん美しいということだった。

簡単に言えば、写真うつりが良いのだ。

底の広い大柄なグラスにかき氷を三つか四つ放り込み、そこに琥珀色のとろりとしたウィスキーを注ぐ。すると氷のとけた白い水がウィスキーの琥珀色に混じる前に一瞬すらりと泳ぐのだ。

とても詩的な美しい文章だ。村上春樹オン・ザ・ロックがとても好きなんだなぁと分かる。こんど私もバーでオン・ザ・ロックを頼んで水がウィスキーの間をすらりと泳ぐ様を眺めたいと思った。

 

次にウィスキーが登場するのは「破壊」のシーンだ。

敵対する組織からやってきた二人組。大きい方が徹底的に主人公の部屋を破壊する。

その中には長年買いためていたウィスキーも含まれていた。

(上巻 258頁)

男はまずワイルド・ターキーを二本叩き割り、次にカティ・サークに移り、I・W・ハーパーを三本始末し、ジャック・ダニエルズを二本砕き、フォアローゼズを葬り、ヘイグを粉みじんにし、最後にシーヴァス・リーガルを半ダースまとめて抹殺した。

ワイルド・ターキー七面鳥が描かれたバーボン。

カティ・サークは帆船が描かれたブレンデッド・スコッチ。

I・W・ハーパーはトウモロコシの比率が高いバーボン

ジャック・ダニエルズはチャコール・メローイング手法で有名なテネシーウィスキー。

フォア・ローゼズは4つのバラが描かれたバーボン。

ヘイグはブレンデッド・スコッチ。今はあまり日本に流通していないが1980年代は人気だったよう。

最後のシーヴァス・リーガルはブレンデッド・スコッチ。最近はミズナラ樽フィニッシュも人気。

まだ輸入物のウィスキーが高かった1980年代にこれだけのストックを持つというのは相当なウィスキー好きである。前述のオールド・クロウは飲み切ったのだろう。

また、この頃はシングルモルト・スコッチは出回ってなかったので登場していない。ブレンデッド・スコッチもしくはバーボン(アメリカン)が輸入ウィスキーとしては主流だったのだろう。

 

破壊しつくされた部屋で本を読む主人公。本を読みながらウィスキーを飲みたい。

(上巻 275頁)

私はキッチンに行って流しの中にうずたかく積みあげられたウィスキーの瓶の破片を注意深くどかしてみた。

ほとんどの酒瓶は粉々に割れてガラスの破片がとび散っていたが、シーヴァス・リーガルの一本だけがうまい具合に下半分無傷で残り、ウィスキーがグラスに一杯ぶんくらい底にたまっていた。

私はそれをグラスに注ぎ、電灯の光にすかしてみたが、ガラスの破片は見当たらなかった。

グラスを持ってベッドに戻り、生あたたかいウィスキーをストレートで飲みながら本のつづきを読んだ。

読んでいるのはツルゲーネフの「ルージン」だった。

(上巻 276頁)

私は「ルージン」を読んでしまうと、その文庫本を本棚の上に放り投げ、流しの中で更なるウィスキーの残骸を求めた。

底の方にジャック・ダニエルズのブラック・ラベルがほんの少し残っているのをみつけてそれをグラスに注ぎ、ベッドに戻って今度はスタンダールの「赤と黒」にとりかかった。

スタンダールの「赤と黒」を読みながら、壁に囲まれた世界を連想した。

(上巻 277頁)

私は本を閉じて残り少ないジャック・ダニエルズを喉の奥に送りこみながら、壁に囲まれた世界のことをしばらく考えた。

ここで「世界の終わり」に繋がる。

ウィスキーを飲みながら本を読むと、想像力が豊かになる感じがする。とても気持ちがよい時を過ごせる。

 

本を読み、眠りについたが二時間後にピンクのスーツを着た太った娘に叩き起こされる。博士を救うために再び地下へ行くことに。「やみくろ」たちが蠢く地下道を進むため、しっかりと装備を整える。

(上巻 323頁)

私は駐車場から車を出し、途中で深夜営業のスーパーマーケットをみつけて缶ビール二本とウィスキーのポケット瓶を買った。そして車を停めてビールを二本飲み、ウィスキーを四分の一ほど飲んだ。

1980年代は飲酒運転に寛容な時代だった。

 

物語は下巻に続く。

 

地下で大変な目にあいながらも、なんとか博士のいるところへたどり着く。

博士がたらしたロープを上る太った娘を見上げながらウィスキーについて考える。

(下巻 52頁)

それをじっと見ていると私はウィスキーがひとくち飲みたくなったが、ウィスキーは背中のナップザックの中だったし、不安定な姿勢のまま身をひねってナップザックを外し、ウィスキーの瓶をとりだすのはどう考えても不可能だった。

それで私はあきらめて、自分がウィスキーを飲んでいるところを頭の中に想像してみることにした。

清潔で静かなバーと、ナッツの入ったボウルと、低い音で流れるMJQの「ヴァンドーム」、そしてダブルのオン・ザ・ロックだ。

カウンターの上にグラスを置いて、しばらく手をつけずにじっとそれを眺める。

ウィスキーというのは最初はじっと眺めるべきものなのだ。

そして眺めるのに飽きたら飲むのだ。

綺麗な女の子と同じだ。

やはりこの頃の村上春樹オン・ザ・ロックが大好きなのだろう。

MJQはモダン・ジャズ・カルテットのことで、1950年代に結成されたジャズバンドである。バーでBGMとして聴きながら、落ち着いた雰囲気で飲むのにぴったりだ。

ウィスキーは眺めるのに飽きたら飲む。

綺麗な女の子と同じらしい。

綺麗な女の子を眺めることはあっても、その後の関係に至ったことがないので分からないけど。

 

ここから物語はクライマックスに向かっていく。ウィスキーはしばらく登場しない。

 

無事に家まで帰ってきて、その後のあと片付けを済ませた主人公は図書館のリファレンス係の女の子とデートをする。

イタリア料理店に入り、二人でたっぷりと料理を食べる。

主人公も地下での冒険を終えてブラックホールのごとく空腹だった。

(下巻 274頁)

「まだ食べられる」と私は言った。

「私の家に冷凍のピツァとシーヴァス・リーガルが一本あるわ」

「悪くないな」と私は言った。

この後の女の子とのやりとりも素敵だった。

女の子とこんな風に過ごせる時間は限られている気がする。人生に一度あれば奇跡のようなものだ。

 

これで「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界でウィスキーが登場するシーンは終わり。

 

最後に、ピンクのスーツを着た太めの女の子が主人公に言ったセリフが普遍的なので紹介する。

怖がらないでね。

あなたがもし永久に失われてしまったとしても、私は死ぬまでずっとあなたのことを覚えているから。

私の心の中からはあなたは失われないのよ。

そのことだけは忘れないでね。

人はいずれ死ぬが、誰かが忘れなければずっとその人の中で生き続けるのだ。

死んでしまった人にとってはどうでもいいことかもしれないが、生きている人にとっては大事なことなのだ。

それはこれから死にゆく人にとっても少しだけ希望となるかもしれない。