とうとう放送がありましたね。
妙心寺副住職の松山大耕さんも「銀座にある’世界一’のバー」と評されています。
岸久曰く、
プロフェッショナルとは、
生業(なりわい)を超えたところで心に残る仕事をする人を
プロフェッショナルと言うんだと思います。
さらに続ける。
できるようになりたいというか、一つでも多く、
そういう仕事をしたいっていう事・・・願望ですね。
そんな岸が番組のクライマックスで出すカクテルが「アイリッシュコーヒー」だ。
毎年、クリスマス休暇を日本で過ごす夫婦が滞在最後の日に頼むカクテル。
二人で一杯のアイリッシュコーヒーを分け合って飲む。
アイリッシュコーヒーは、
アイリッシュウイスキーとコーヒー、生クリームで構成される。砂糖も加える店もある。
僕の行きつけのバーでは砂糖は使わず、生クリームにハチミツを加え、甘めのクリームにして出す。
作り方は様々だが、一般的なものは、砂糖をいれたグラスに、アルコールランプで温めたアイリッシュウイスキーを注ぐ。注ぐ前に火をつけフランベのようにして注ぐと炎のタワーができて美しい。その後、あらかじめドリップしておいたコーヒーを注ぎ、最後にホイップした生クリームを浮かべる。
僕も何度か作った事があるが、最後の生クリームを浮かべるのが難しい。ホイップしすぎても、しすぎなくても、コーヒーとうまく分離せず、浮かべた生クリームが下のコーヒーに時間とともに溶け出していく。こうなると見た目に美しくない。
僕の行きつけのマスターもたまに失敗する。
その道30年で、コンクールで世界一にもなった岸でさえ、事前の練習で何度も失敗して、生クリームが溶け出した。それほど気を使うものだ。
岸のアイリッシュコーヒーは、2種類のアイリッシュウイスキーを使っていた。
ひとつは「タラモア・デュー 」。村上春樹の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら 」でアイルランドを旅した村上春樹がロスクレアのパブで出会った老人がストレート飲んでいた酒だ。大麦のナチュラルなフレーバーが楽しめる。
もうひとつは「ヘネシーナジェーナ 」。ブランデーで有名なヘネシー社が作っていたアイリッシュウイスキー。約10年前に終売になり、今はプレミア価格でしか手に入らない。「ナジェーナ」はゲール語で「渡り鳥」の意味だとか。
そしてこの日のためにグラスも新調していた。イッタラのホットカクテル用のグラスだった。マグカップ大のサイズで、持ち手はシルバー、真ん中にくびれのある形。
件の夫婦の滞在最終日。
岸は開店1時間前にアイリッシュコーヒーの練習をしていた。
グラスに2種類のアイリッシュウイスキーを注ぐ。コースターで蓋をしアルコールを充満させる。マッチで火をつける。グラスを振り回しステアする。コーヒーを注ぐ。生クリームをホイップする。しっかり慎重に。そして祈るようにスプーンを添え、黒い液体の上にのせる。
失敗だった。クリームが少しにじんだ。
もう一度。
またダメだ。さらにクリームが溶け出し、茶色に変化してしまった。
もう一度。
今度は成功した。きれいに黒と白の層ができている。美しい。
「これでいきます」岸はそう言った。
夫婦がやってきた。
「アイリッシュコーヒータイムだ」夫が言った。
「二杯ね」妻が言った。
岸は焦っていた。これまでは二人で一杯だったからだ。急いで二杯分の準備をする。
グラスに2種類のアイリッシュウイスキーを注ぐ。コースターで蓋をしアルコールを充満させる。マッチで火をつける。グラスを振り回しステアする。コーヒーを注ぐ。生クリームをホイップする。しっかり慎重に。そして祈るようにスプーンを添え、黒い液体の上にのせる。
「パーフェクト!」夫が言った。
黒と白のツートンカラーでできたカクテル。
飲んだ後の二人の表情が良かった。
目を一瞬つむり、「やっぱりこれだね」という表情だった。
岸はカクテルをシェークしている時も、お客さんの一口目を見逃さないという。
飲んだ後の表情で、お客さんが気に入ったかどうかを判断しているというのだ。
それに合わせて二杯目のレシピを変えるという。
この夫婦の表情は岸を安心させたに違いない。
プロフェッショナルとは、
生業(なりわい)を超えたところで心に残る仕事をする人