「もしお持ちでしたら、ウィスキーを少しいただけますか?」と免色は言った。
「騎士団長殺し」第1部 顕れるイデア編 の225頁で、免色はウィスキーを所望した。
免色は物語のキーとなるキャラクターで、白髪の54歳の独身男性である。
「普通のスコッチ・ウィスキーでいいですか?」
主人公の画家は免色に聞いた。
ここでいう普通のスコッチ・ウィスキーとはホワイト・ラベルである。ブレンデッドスコッチ・デュワーズの代表的なボトルで、ライトボディでスムーズ、2000円以下のクラスではよくできている。ロックでもソーダ割りでもいける。
そのホワイト・ラベルを免色はどのようにして飲むのか?
主人公の問いに対し、免色はささやかなリクエストをした。
「もちろん。ストレート でください。それから氷を入れない水と」
免色は分かっている。かつて事業で成功をおさめ、オペラに深い造詣があり、英国車を複数台所有し、別荘地で隠遁生活を送る男。そのような男はウィスキーの飲み方も心得ている。
ストレートで飲むことは、当然、ウィスキーの味わいを100%感じることができる。デュワーズ・ホワイトラベルの穏やかで、しっかりとしている味わい。麦芽を感じ、アマニ油やユーカリ油を仄かに感じる。ほんの少量、口に含み、それらのアロマやフレーバーを感じながら、ゆっくりと体内に入れることができる。
加えて、”氷を入れない水”である。いわゆるチェイサーであるが、氷を入れないことによって、舌は冷やされることなく、感覚は鋭敏に保たれる。胃の中でウィスキーと常温の水が混じりあい、適度にアルコールの吸収を和らげる。
そのようにして、免色はグラスを空にした。
お代わりを注がれたけど、口はつけなかった。
手に持ったウィスキーのグラスをただ軽く揺らせていた。
やがて、免色は言った。
「ウィスキーをご馳走さま。また近いうちに連絡させていただきます」
免色は月の明かりの下で、艶やかな銀色のジャガーに乗り込んで帰って行った。
飲酒運転ではあったけど、それはさして物語に影響するものではなかった。
とにかく、免色のウィスキーの飲み方は、54歳の男として理想的なものである。