学びと食、ときどきランニング

ウイスキーマエストロによるIdeas worth spreading

安く手軽に”京都”を味わいたければ、鴨川を走るといい

村上春樹の「走ることを語るときに僕の語ること」を読んで、フルマラソンを走ろうと思った。

 

それから6年。トレーニングを重ね、関西の大小さまざまなマラソンを走った。

なかでも京都マラソンは楽しい。京都に本社がある会社で働いているということもあり、知り合いがたくさん応援に来てくれる。そのおかげで、過去3回出場し、いずれも好記録で完走できた。

京都マラソンのコースの中でも特に楽しいのは鴨川沿いだ。北大路から神宮丸太町までの5kmほど、路面がそれまでのアスファルトから土に変わる。スタートから30km近く過ぎた後なのでかなりきついけど、沿道の声援が近く、耳をすませば川の流れる音や鳥の声も聞こえ、ささやかな癒しが得られる。

 

村上春樹も、日本で一番好きなジョギングコースとして、鴨川沿いを挙げている。

京都に行くといつも鴨川沿いを走るんです。御池あたりから上賀茂まで橋をいくつもくぐって走って帰ってくるとちょうど10kmぐらい。あそこはいいですよね。

(Number<100人が語るRUN!特集> 村上春樹へのQ&A 「そうだ、ランナー村上さんに聞いてみよう」より) 

 

鴨川沿いを走れる距離は長い。北は上賀茂神社のちょっと先にある西加茂橋あたりまで、南は京都駅に近い塩小路橋まで、片道約10kmもある。

どこを走るかは自由だけど、いわゆる”京都”を味わえるのは上賀茂から四条大橋あたりまでだろう。

 

僕はだいたい、鴨川近くの銭湯に荷物を置かせてもらって、好きな距離を走って往復する。入浴時間も含めて2時間くらいがちょうどいい。

 

銭湯代以外ほとんど持たずに、移ろう多様な光景で”京都”を味わいながら、ゆっくりと丁寧に走る。まるで、2時間ドラマを見ながら、アイロンがけをするように。

 

 

安く手軽に”京都”を味わいたければ、鴨川を走るといい。

 

 

JR京都駅の中央口を出て、僕は目の前にそびえる京都タワーに向かった。

専用エレベーターに乗りB3Fのスイッチを押す。

大浴場のカウンターで事前に予約していた名前を伝え、ロッカーの鍵を受け取る。

ランニングスタイルに着替え、外に出る。まずは東へ。

 

駅前の喧騒を過ぎ、しばらくすると鴨川が見えて来る。橋を渡って東岸を北に降りる。

川面が近い。ときおり鴨やアヒルが羽を休めたり、水中にひたすら首を突っ込んだりしているのが見える。いまの時期は何を食べているんだろう?とぼんやり考えながら進む。

 

少しずつ行き交う人が増えてくる。対岸にはマンションや一軒家が入り乱れて建ち並ぶ。次第に風情のある日本家屋が増えてくる。それぞれが清水の舞台のミニチュア版のように軒を張り出している。夏の夕暮れ時は川床として賑わう場所だが、冬はただ虚しさを感じる。

 

橋を何度かくぐる。橋の下ではカップルや大学生の3人組やホームレスがそれぞれの場所を確保している。お互い干渉しない距離で。僕も干渉せず通り過ぎる。

 

路面は石畳から土へと変わり、周りの草むらの面積が増えてきた。ランナーやサイクリストの割合も増えてきた。ベンチで会話をする老人たち、ベビーカーで散歩する親子、草むらで寝そべって本を読む大学生、ヨガをする女性サークルの集団、欧米人のサイクリスト。大きなサングラスをかけた中国人たち、老若男女、世界各国、犬鴨トンビ。さまざまな生き物がそれぞれの活動をしている。お互いに干渉しない。たまにトンビが人間の食べ物を狙っている以外は。

 

やがて鴨川デルタにたどり着いた。東の高野川と西の賀茂川の合流点となる三角地帯で市民の憩いの広場となっている。楽しそうに話す大学生たちを横目にアスファルトの道路へ出る。

 

汗を拭きながら少し西へ歩くと、最初の目的地が見えてきた。いつものことながら店の前は行列がすごい。電話予約した名をつげると行列の間を通してもらい店内に案内された。大好物の「出町ふたばの豆餅」3つを受け取り代金を払う。近くの自販機で買ったお茶を右手に、豆餅を左手にぶらさげて、次の目的地へ歩き出す。

 

出町ふたばから徒歩2分ほどで、糺ノ森に入る。豆餅を頬張りながら下鴨神社の境内でもある原生林の緑を見上げる。凜とした清々しいオーラに満ちている。まるで樹々一本一本に神が宿っているようだ。ほんのり塩味のする豆餅の糖分と神木たちの放つオーラによって疲れた体に再び力が漲るのを感じる。

 

身を清め、神社にお参りをする。

 

東京ドーム3個分はある森の中、来た道を戻っていく。平安時代であれば和歌の一つも詠みたくなる風景に名残を惜しみつつ、再び鴨川へ。

 

逆回転のごとく復路を進む。夕暮れが近づくのを感じる。肌寒くなってきた。ペースを上げる。30分ほどで最初の橋のたもとにたどり着き、そこから西へ。駅前の高い建物の合間に見える夕焼け空が元気づけてくれる。

 

京都タワーの大浴場でしっかりと汗を流し、サウナと水風呂を何度か繰り返す。風呂から上がり、下着姿のまま脱衣所にある自販機でビールを購入、ベンチに座って即座にグビグビグビーっと飲み干す。水分の抜け切った体がスポンジのようにビールを吸収し、ほどなく幸福な酔いがそっと囁く。

 

安く手軽に”京都”を味わいたければ、鴨川を走るといい。