僕は7年前「アイデアのつくり方」という本に書かれていた一つ原理に心を奪われた。
アイデアとは既存の要素の組み合わせ以外の何ものでもない
ということである。
この原理を導き出したもととなった考え方はパレートの法則で有名なイタリアの社会学者パレートが「心理と社会」という本の中で書かれていたことらしい。
パレートは、この世界の全人間は二つの主要なタイプに大別できると考えた。
彼はこの本をフランス語で書いたので、この二つのタイプをスペキュラトゥールとランチェと名付けた。
この分類によるスペキュラトゥールは投機的タイプの人間で、パレートによるとこのタイプの特徴は、新しい組み合わせの可能性につねに夢中になっているという点である。
この本を読んで以来、僕は新しい組み合わせの可能性につねに夢中になっている。
特に、ウイスキーと何かの組み合わせに夢中になっている。
ウイスキーの中でも特にスコッチに夢中になっている。
なぜスコッチなのか?
それは、スコットランドには数多くの蒸留所があり、その蒸留所ごとに味わいの違うこだわりのウイスキーが造られているからだ。
バーボンやアイリッシュのような他の地域と比べて、スコッチはそのフレーバーの幅が圧倒的に広く、多様性に富んでいる。
それが故に、組み合わせの可能性も無限に広がる。
そのようにして僕はスコッチの新しい組み合わせの可能性につねに夢中になっている。
スコッチと他の何かを組み合わせることは楽しい。
前回はチョコレートと組み合わせた。
そのときにお客さんに言われたことをきっかけにして、とらやの羊羹とスコッチのマリアージュを楽しむ会を企画した。
開催するにあたって、とらやの羊羹について学んだ。
とらや一条店に行き、小型羊羹を全種類購入した。
フレーバーマップを作った
ウイスキーフレーバーマップと見比べ、どの組み合わせにするか考えた。
http://www.svipx.com/repository/SingleMalt.pdf
開高健が勧めるマッカランと夜の梅の組み合わせは当然入れるとして、その他の2種をどうするか?
フレーバーの違いを際立たせるように選んだ。
ジュラ10年と白味噌
ラフロイグ10年と新緑(しんみどり)
場所はちおん舎
事前にご主人の西村吉右衛門さんとお話した際、僕が「将来バーをやりたい」と言うと、「実はいまアトリエで使ってもらっているガラス張りのところは当初はバーにしようと思ってたんです」とおっしゃっていたのが強く印象に残った。将来、タイミングが合えば、ここでバーを開くというのもありかもしれない。
ちおん舎はもともと千切屋という商家の屋敷で、京町屋の中でもかなり大きなものになる。
今回は2階を予約していたが、当日空きがあるというので本座敷を使わせてもらえることになった。
本座敷の庭を眺めながら羊羹とスコッチの組み合わせを楽しむ。素晴らしい時を過ごせる幸せ。
端午の節句が近いので鎧武者の掛け軸が飾ってあった。
季節を感じながら味わう。
古いものにあふれた空間で新しい試みをする。
今回は当日お手伝いの募集をした。その結果、お二方に申し出ていただき、準備も滞りなく進んだ。
ちおん舎さんは食器も豊富にある。
テイスティング用にちょうど良い小ぶりのグラスがたくさんあったので、使わせていただく。
チェイサーの水を入れるグラスや、箸休めのおつまみを入れる豆皿もお借りする。
僕も含めて5名という少人数の会。
少人数だからこそ濃密な体験ができる。そんな予感。
まずは自己紹介。
僕がウイスキーについて深く知ろうとすることになったきっかけを話す。
みなさんが何を求めてここに来たのかを話してもらう。
スコッチについて解説する。
とらやの羊羹とウイスキーの関係性について語る。
まずはマッカラン12年と夜の梅を試していただく。
「羊羹とウイスキーって合うんですね!」
そのような感動の言葉を発していただくことが無常の喜びとなる。
この会の主人である僕とお客さま、あるいはお客さま同士での会話が弾む。
そのような時を過ごすことが無常の喜びとなる。
次にジュラ10年と白味噌を試す。
この組み合わせは僕が予想していた以上に合った。
今回、組み合わせを考える際、羊羹は試食したが、羊羹とウイスキーの組み合わせは、今この瞬間まで試していなかった。ウイスキーに対しては僕のこれまでの経験で予想していただけだった。その予想を超えた。この瞬間が楽しい。
お客さまの反応も非常に良かった。
「この組み合わせが一番好き」とお答えいただいた方が多数を占めた。
最後にラフロイグ10年と新緑を試す。新緑と書いて”しんみどり”と読む。
5月2日という新緑の季節に相応しい羊羹である。
ちょうどこの日は朝から小雨が降っていて、庭の緑が映えた。
試食している時は暗くなっていて見えなかったけど、数時間前の新緑の記憶が蘇る味だった。
ラフロイグとの組み合わせは第一印象は”微妙”である。
ラフロイグのインパクトが強すぎて新緑のイメージが消えてしまう。
しかし、二口目を食べるとお互いの個性が引き合う可能性が見えてくる。
万人受けしないが、クセになる味である。
それはまるで、最初は仲違いしていた若者同士がお互いをぶつけ合い、やがて無二の親友になるようだった。そのような関係性が人生において一つでもあると人は幸せになれる。僕はそのようにしてラフロイグ10年と付き合っている。
前回のチョコレートの時もそうだったけど、今回も人に恵まれた。
良い出会いばかりだった。
会が終わって「僕はこの後、クラフトビール飲みに行くんです」というとみんな付き合ってくれた。
ちおん舎から徒歩5分ほどにあるBefore9
前から気になってた店。
背の順に並ぶタップバーが美しい。
いろんな芋や野菜で作るフィッシュアンドチップスが美味かった。
イギリス生まれのファーストフード・フィッシュアンドチップスをアレンジして新しい組み合わせを楽しんでいる。こういうところからインスピレーションを感じ、次の企画が生まれてくるものだ。
次の企画はまだまだ構想段階だけど、断片は見つかっている。
ひとつは器。
SIONEの器を使いたい。できれば銀閣寺のSIONE Cafeでやりたい。
そして器といえば、最近読み返した村上春樹からインスピレーションを受けた。
色彩を持たない多崎つくるが彼の巡礼の果てに語ったこと
僕にはたぶん自分というものがないからだよ。
これという個性もなければ、鮮やかな色彩もない。
こちらから差し出せるものを何ひとつ持ち合わせていない。そのことがずっと昔から僕の抱えていた問題だった。
僕はいつも自分を空っぽの容器みたいに感じてきた。
入れ物としてはある程度形をなしているかもしれないけど、その中には内容と呼べるほどのものはろくすっぽない。
それに対して、かつての親友が言ったことが僕の心に深く刺さった。
たとえ君が空っぽの容器だったとしても、それでいいじゃない。
もしそうだとしても、君はとても素敵な、心を惹かれる容器だよ。
自分自身が何であるかなんて、そんなこと本当には誰にもわかりはしない。そう思わない?
それなら君は、どこまでも美しいかたちの入れ物になればいいんだ。
誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感の持てる容器に
どこまでも美しいかたちの入れ物
それは僕にとってSIONEだ。
SIONEにウイスキーを入れたらどうなるだろう?
それを受け取った人はどのように変化するだろう?
そう考えるだけで心が弾む。