文章を書くのが苦手だ。
という人は多いのではないでしょうか。
僕は苦手です。
特に、読書感想文や小論文といった、与えられたテーマにそって何かを書くということがどうしても好きになれない。
そんな悩みを解消してくれるのが「カキフライ理論」です。
あの村上春樹が提唱しています。
柴田元幸との共著「翻訳夜話」の中で以下のように語られています。
カキフライについて書くことは自分について書くことと同じなのね。自分とカキフライの間の距離を書くことによって、自分を表現できると思う。それには、語彙はそんなに必要じゃないんですよね。いちばん必要なのは、別の視点を持ってくること。それが文章を書くには大事なことだと思うんですよね。みんな、つい自分について書いちゃうんです。でも、そういう文章って説得力がないんですよね。テキストと自分との相関関係みたいなものが掴めていれば、それなりにうまい、自然な文章が書けるはずです。自分を出そうと思うと、やっぱり煮詰まっちゃう。だから、これから文章を書こうと思ってつまったら、カキフライのことを思い出してみてください。べつにカキフライじゃなくてもいいんだけど、とにかく。
僕は食べ物の中でカキフライが一番好きなので、なんとなく分かる。好きなものについて書くということは、それに対する「愛」が溢れた文章になるんじゃないかと思う。適当なことは書けないし、対象を深く深く知ること、知ろうとすることが自然とできるのではないかとも思う。
ということで、カキフライについて書いてみましょう。
「最高のカキフライ」について。
2013年の2月のことである。ふらりと立ち寄った本屋でdancyuを立ち読みした。
タイトルは「新しい日本酒の教科書」とある。その横に小さく「カキフライ完全攻略」とも書いている。早速手に取り、カキフライのページを探す。
132頁に「失敗しないレシピ カキフライ完全攻略」と題し、家庭でできるカキフライの作り方が詳細に書いてある。
驚いた。
今まで食べてきたカキフライとは全く違うのだ。
特に、注目したのは牡蠣を2個互い違いに合わせてくっつけて揚げるというものだ。
左右どちらから食べても同じ味わいになるという。
作ってみたい!
迷わずdancyuを購入し、カキフライを完全攻略するチャンスを待った。
家では揚げ物はよくするが、カキフライはほとんどしてなかった。
子供が苦手なのと、5人分を揚げるのは面倒だからだ。
だが、チャンスは間もなくやってきた。
嫁と子供が春休みで1週間ほど帰省するという。
その間は僕は一人で自炊する。自分のために一人分の食事を作り、一人でもくもくと食べる。
日曜日に実行することにした。
計画を練った。
ただ、カキフライを揚げるだけでは寂しい。
そうだ。一人フルコースを作ろう。
前菜、スープ、メインディッシュ、デザートとそれぞれに合う酒を用意するのだ。
酒は僕の好きなウイスキーをメインにする。
土曜日にほとんどの食材を買った。
日曜の午前中にメインディッシュの牡蠣を買いに出かけた。スーパーを4件まわり、最も状態の良い牡蠣を選んだ。兵庫県赤穂の「坂越かき」だ。14粒入りで980円。
昼から作業に入る。
前菜の「スモークサーモンのカナッペ」を手早く作り、ラフロイグのハイボールと食す。スモークサーモンのカナッペはクラッカーの上にクリームチーズを塗り、スモークサーモンをのせた上にみじん切りにしたピクルスをマヨネーズで和えたものを少量のせる。サーモンとラフロイグのスモーキーさをクリームチーズがまとめ、ピクルスとマヨネーズの酸味がアクセントとなる。ハイボールの炭酸で胃が活性化してきた。
スープはアサリのクラムチャウダーを作った。ボウモアのロックと合わせる。スープで温まった後、丸氷を大ぶりのグラスに入れボウモアを注ぐ。かるくステアして、ちびちびと飲む。アサリの風味の余韻をボウモアの潮っぽさと重ねながら。
一旦、洗い物をした後、デザートのチーズケーキを仕込む。材料をしっかりと混ぜ、砕いたビスケットを敷いた型に流し込む。オーブンで焼き上げ、しばらく常温で冷ます。その後に冷蔵庫に入れる。また洗い物。
そして、いよいよメインディッシュのカキフライ作りだ。まずは付け合わせのキャベツの千切り、ポテトサラダ、タルタルソースを作る。タルタルソースはキュウリの浅漬け、固ゆで卵、パセリをそれぞれみじん切りにし、たっぷりのマヨネーズと塩・コショウ、レモン果汁と合わせる。ポテトサラダはシンプルにジャガイモのみ。
牡蠣をパックから取り出し、ザルにあけて水気を切り、塩小さじ2ほどをふりかける。ザルごと30秒ほど揺すって塩を全体にまぶし、ぬめりと汚れを落とす。ザルの裏には牡蠣から出たぬめりや汚れがたっぷりついてる。苦みやえぐみの原因となるらしい。
流水に当てて牡蠣の汚れを流す。ひだの部分もきれいに洗う。ただし手早く。洗いすぎると旨味も流れ出てしまうからだ。
洗い終えた牡蠣はキッチンペーパーでしっかりと水気をふき取る。
次に、強力粉を牡蠣にまぶす。ひだの部分もしっかりとまぶす。バットに並べ、牡蠣の表面がしっとりしてくるまで3〜4分置く。牡蠣の表面の粉っぽさが消えたら、2個を互い違いに合わせ、軽く握ってくっつける。強力粉を使うことで薄力粉よりも薄く粉がつき、強力粉のグルテンが糊となり、牡蠣は簡単にくっつく。
卵液は白身のコシがきれるまでしっかりと混ぜ、さらにザルで濾してサラサラにする。パン粉は食パンの耳をミキサーにかけ、粗めの生パン粉を使う。サクサクな食感に揚がるためだ。卵液をくぐらせた牡蠣をバットに広げたパン粉にのせ、上からもパン粉をかける。手でそっと押さえて、手のひらに取り出し、両手でやさしく包み込むようにしてパン粉をしっかりつける。強く握りすぎない。やさしく、やさしく。パン粉をつけた牡蠣はバットに並べ、3〜4分置いておく。なじませることでパン粉の接着力が高まる。
鍋に新しい油を注ぎ175℃に熱する。
175℃になったら牡蠣をそっと入れる。まずは4個。
ジョワーと牡蠣の周りに細かい泡が盛り上がってくる。
バチバチと泡が元気に弾け、その周囲に大きな泡がボコボコしてきたら上下を返す。その後も何度か上下を返し、全体を均一に揚げる。ちなみに加熱用の牡蠣はノロウイルスに感染している可能性もあるので、中心部が85℃~90℃で90秒以上の加熱が望ましいらしい。牡蠣を入れて2分たったら強火にして、最後に20秒ほど高温で揚げる。菜箸で牡蠣をつかむと、小刻みな振動が伝わるようになったら揚げ上がり。
網に取り出し、カキフライを立てるように並べて油をきる。1分30秒ほど置くことで余熱で火が通る。
大きめの丸い皿の奥半分に千切りキャベツを山盛りのせる。その横にポテトサラダを添える。カキフライ4個をキャベツに立てかける。その手前に3個を少し斜めにして置く。皿の一番手前右斜めの位置にタルタルソースをたっぷりと、カキフライとキャベツの間にレモンのくし切りを添える。別の小皿に中濃トンカツソースを入れておく。
完成だ!
まずは、黒ビールとともに食す。
右手前のカキフライの上半分にタルタルソースをのっける。トンカツソースをちょいとつけ、いざ!熱々のカキフライをガブリ!!!
ザクッという音とともに、牡蠣の肉汁が口に広がる。
噛み切った断面を眺めながら、自然と口がほころぶ。2個づけはすごいなぁ。
一口目も二口目も同じ味わいなのだなぁ。
もう一度タルタルソースをのっけて、トンカツソースをつけて口に入れる。
もぐもぐ。じょわわーと肉汁がさらに広がる。ザクザクッと衣が香ばしい。
あぁやっぱり一口目も二口目も同じ味わいなのだなぁ。
黒ビールをぐびぐび飲む。なんともいえない。沁み入るー。
手前3個が黒ビールとともに胃に収まる。キャベツやポテトサラダもその合間にほぼ無くなってる。いいペースだ。胃はまだ空きがある。
ごはんを山盛りついでくる。
残り4個はごはんで食べる。タルタルの酸味とソースの甘辛味がカキフライとごはんにベストマッチングである。甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の五基本味が絶妙のバランスで口に広がる。さらに衣のサクサク感、牡蠣のプリプリ感、ごはんのモチモチ感といった食感のハーモニーも素晴らしい。いくらでもいける。
ごちそうさまでした。
15分ほどで完食である。
これまでの人生において、これほど幸せな15分間があっただろうか。
この幸せなひと時を作り出したのは僕なのだ。
いや、僕のカキフライに対する愛なのだ。
はぁー。
風呂に入ってさっぱりした後、皿洗いをして、冷やしておいたチーズケーキをカットする。食後のデザートである。ハイランドパークのストレートとともにちびちびと食す。カキフライの幸せを感じながら。
幸せとはカキフライと共ににあることなのだ。