学びと食、ときどきランニング

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7日間ブックカバーチャレンジ文庫編3日目「ふくわらい」

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西加奈子「ふくわらい」

 

第1回河合隼雄物語賞 受賞作

 

選考委員のひとり、上橋菜穂子はこのように選評した。

 

「物語としてしか命を持ちえない作品」

 

物語が命をもつ、というのは、

これしかない、と思い込んでいた世界の姿が、その物語を読むことで、ぱっと吹き飛ばされ、ペラペラと紙吹雪に変わり、やがて、再び、ゆっくりと戻ってきて、もとの世界の姿をつくっていくのを見る。

そのとき、ああ、そうか、そうだったのか、という気づきが、新鮮な感動とともに、心に広がって行く。

上橋菜穂子は解説する。

 

「ふくわらい」には主人公の定(さだ)だけでなく、彼女の周りに魅力的な人々が登場する。そして、定をより魅力的に変えていく。

 

私は守口廃尊(もりぐちばいそん)が特に好きだ。

守口廃尊は1965年生まれ、1984年、プロレスデビュー。

1986年、蝶野や橋本、武藤ら同年デビューのレスラーと共にアメリカ武者修行、ヒールとして戦う。

帰国後、鬱病となり、自殺未遂や入退院を繰り返し、新日本プロレスを解雇され、いまは小さなプロレス団体でリングに立ちながら、週刊雑誌のコラム執筆を5年ほど続けている。

生い立ちや背景は「リアル」に登場する脊損プロレスラー・スコーピオン白鳥と似通っている。

scotchhayama.hatenablog.com

 

そんな守口廃尊が試合後に語った言葉が響いた。とてつもなく。

おいらはプロレスラーだ。

だが、こんな風に売文もしている。

本当は、言葉が怖い。

言葉をうまく組み合わせないといけない社会が怖い。

でも、頼らずにはおれない。

おいらには言いたいことがたくさんあった。

 

猪木さんになりたかった。

ずっと猪木さんみたいになりたかった。

でもなれなかった。

天才にはどうしたってなれねぇ。

でも、おいらには、これしかない。

猪木さんの背中すら見えない、

足跡すらかすんでいる、 

そんな道で、

でもおいらは、

やるしかないんだ。

 

だって、おいらはプロレスが好きなんだ。

プロレスに好かれていなくても、

おいらはプロレスが好きなんだ。

 

そしてそんな俺が、俺なんだ。

猪木さんじゃねぇ。俺なんだ。

 

俺は死ぬまでプロレスをやる。

そしてその決意を、こうして言葉にする。

 

おいらは体も、言葉も好きだ。

 

それって何だ、

わからねぇけど、

ほとんど生きてるってことじゃねぇのか。

おいらが生きてゆくってことじゃねぇのか。

 

生きてるんだから、

おいらは好きなことをする。

 

生きるのが終わるまで、

好きなことをする。

 

体も、言葉も、好きなことをする。

生きるのが終わるまで。

 

 

西加奈子の紡ぐ言葉は力強い。生に満ち溢れている。